「ややリバ憲法」的に消費税を考える~「今日も減税、明日も減税、令和の大減税!」~(寄稿:小川一樹)


 第201回通常国会も会期が終了し、自民党の「日本の未来を考える勉強会」や「日本の尊厳と国益を護る会」による消費税減税の掛け声は大方の予想を裏切らない形での「ガス抜き」に終わり、残念な結果になってしまいました(「予想通り」なので、この論考を読んでくださる皆様は、そんなに落ち込んでいないかもしれませんが…)。

 しかし、その会期中にドイツでは日本の消費税に相当する付加価値税の税率を7月から12月末までの半年間、引き下げると発表し、昨日(7月9日)にはイギリスが今月15日から来年1月12日までの半年間、付加価値税の税率を20%から5%に引き下げると発表しました。

 新型コロナによる景気の減退はどの国でも変わらないはずなのに、日本ではなぜ消費税減税ができないのか?国会議員が国民の福利よりも「財務省」の方にばかり目を向けているということもありますし、いわゆる「御用学者」と言われる経済学者達が「財政規律ガー」「社会保障ガー」「効果の即効性ガー」等を叫び、逆に消費税増税や「コロナ復興税」等の新しい税を主張する始末です。

 減税を推進する皆様も経済的観点からの主張はTwitter上でもよく見受けられます。しかし、個人的にはその主張は正論ではあるが、最近はやや単調になってきて、飽きられているのではないかとの危惧を持っていました。

 そこで今回は「ややリバ憲法」的に消費税の問題点を憲法上の問題として切っていきたいと思います。

 まず憲法では、第30条で「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」として納税の義務、第84条で「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」として租税法律主義を規定しています。

 それとともに、第14条第1項で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とされていますから、租税立法においても当然にこの平等原則が実現される必要があります。

 特に、この第14条から導き出されるのが「応能負担原則(租税平等主義)」です。これは「国民の租税負担がそれぞれの国民の租税を負担しうる個人的な経験的な経済的能力、つまり、国民の担税能力に相応しているものでなければならない」という原則です。簡単に言えば、「租税は各人の能力に応じて平等に負担されるべきである」ということです。歴史的には、フランス革命(1789年)の基本原則を定めた「人間と市民の権利の宣言(フランス人権宣言)」第13条により「武力を維持するため、および行政の諸費用のため、共同の租税は、不可欠である。それはすべての市民のあいだでその能力に応じて平等に配分されなければならない」として規定されています。

 しかし、これと対立する概念として、「応益負担原則」があります。これは「利用者が受けたサービスに応じて、それぞれの収入や所得に関係なく全ての人が同じ納税義務を負う」という原則です。これは平等を考える上での一つの概念である「形式的平等(人の現実の様々な差異を一切捨象して、原則的に一律平等に取り扱うこと)」と適合しやすく、消費税等の間接税はこの原則を具体化しているとされます。

 ただ、平等に関する条文は第14条だけではありません。この形式的平等観を基礎とした近代社会は、結果として個人の不平等を生み出しました。そこで19世紀中盤ごろから、社会的・経済的弱者に対して、実質的公平の観点から政府が保護を与え、人の現実の差異に着目してその格差是正を行うとする考え方(「実質的平等」)が提唱されました。日本国憲法では、第25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という生存権において保障されており、第14条とともに実質的平等も要請されているとされています。

 これを前提とすれば、租税負担の原則は応能負担原則に基づくべきです。消費税は現在一律10%(軽減税率適用品目は8%)であり、形式的平等には適合していますが、実質的平等には適合していません。同じ税率の課税でも低所得者と高所得者では、低所得者ほど税の負担が重くなります(いわゆる、「逆進性」の問題)。これに対し、応能負担原則であれば(代表的なものは累進課税でしょう)、低所得者と高所得者で税率が変わるので形式的には平等とは言えませんが、税の負担は実質的に公平性が保つことができます。

 さらに、第25条から最低生活費非課税の原則を主張し、また、第25条を基にして、第29条第2項「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」からは、すべての財産権を人権として保障するのではなく、非生存権的財産(例えば、企業買収地)には公共の福祉の観点から規制をすべきだが、第29条第1項「財産権は、これを侵してはならない」からは、一定の生存権的財産(例えば、住宅や住宅地、農地)には非課税又は軽課税の原則が適用されるとして、公平性等の面から応能負担原則を補強する考えもあります。

 このようなことを踏まえると、消費税は憲法上の応能負担原則の趣旨に反すると考えるべきでしょう。

 但し、この理論が裁判所の理論として採用され、かつ消費税法に違憲の判断が下されるのかは難しい問題です。拙稿「ややリバ的に憲法判例を考える ~サラリーマン税金訴訟~」でも述べましたが、租税に関する立法の合憲性は「明白性の基準」という極めて緩やかな基準で審査すべきであり、その理由としては第30条・第84条で憲法自身が課税要件等の内容を立法府に委ね、またその専門性や政策的・技術的判断から広範な立法裁量(立法に関して憲法上立法府に委ねられた判断の自由さのこと)を認められるべきとされるからです。さらにリバタリアニズムの観点からは、そもそも税金は「人々が生み出した価値を巧妙に掠めとる許し難い行為であり、人々を強制労働に従事させている」ものであり、この説明は姑息に感じるかもしれません。

 しかし、前述の拙稿でも述べましたが、「国民の財産権を侵害する税金等に関する法律は作らせない!」ことが一番の処方箋です。そのための一つの「武器」として理論武装することは大切だと思いますし、現行憲法がある以上、このような説明も役に立つと考えます。  先日、私は渡瀬裕哉氏の著作にもよく出てくる全米税制改革協議会議長であり、共和党の税制改革に対して最も影響力を持つとされるグローバー・ノーキスト(Grover Norquist)氏のツイートに“Taxes are a restriction on freedom. This fight must be won for our children.”という返信を送りました。「税金は自由に対する制限です。この戦いは私たちの子どものために勝たなければなりません」この気持ちで胸に秘め、これからも減税に対して、強い信念を持ち続けたいと思います。同じような気持ちを読者の皆様も持っていただけたら幸いです。

参考文献
北野弘久著・黒川功補訂『税法学原論 第7版』(勁草書房、2016)
井上徹二「税制の意義の原理的考察」(埼玉学園大学紀要経営学部篇(5)、2005年12月)
松尾直「租税平等負担原則における所得税と消費税」(高岡法学第29号、2011年3月)
中野浩幸「租税法規に係る違憲審査基準の適用についての一考察」(商経学叢第56巻第1号、2009年7月)
吉村典久「応能負担原則の歴史的展開」(法学研究63(12)、1990年12月) 等

小川一樹(@kazgrease

憲法学評論家。昭和12年学会会員。法学修士(憲法学)。元高校教師。著書に『蓑田胸喜 天皇機関説攻撃論集』(2019年)『帝国憲法基本書現代語叢書第二巻 市村光恵『憲法精理』』(2020年、以上デザインエッグ社)等がある。

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