新しい社会を創るために敢然と行動した室考次郎


いわゆる「明治14年の政変」で政府を離れた大隈重信と前島密は、東京で立憲改進党を結成しました。同郷である前島の誘いを受けた室考次郎は、他の自由民権家らと共に、地元の新潟で上越立憲改進党を結成。穏健な理念に基づいた政治改革を目指します。また、自由民権を求める言論活動を行っていくために高田新聞社を設立します。

ちょうどその頃、自由党員を取り締まるために検察と警察によってでっちあげられた「高田事件」が起こります。室らが発行する高田新聞は検察や警察を厳しく批判。あわせて、あくまで政治の改革は穏健な手段で着実に進めていくべきという考えを紙面で主張していきます。

記事の内容は支持され、室たちのこの活動理念は広く受け入れられるようになります。室は仲間と共により一層積極的に遊説活動を行い、演説会は各地で多くの人を集めました。

室は鉄道事業にも熱心に取り組みました。元々産業振興にも強い関心があり、第2回勧業博覧会を見学するために東京を訪れた際、彼は日本鉄道株式会社の設立を知ります。それを機に、室は鉄道建設を民間の力で行うことを目指し、上越地方と東京を結ぶ鉄道を自分たちの力で建設することを決意します。

新たな時代の新しい社会のために、自身の全人生を賭けて気概をもって行動した室。

自由民権現代研究会で詳しく取り上げましたので、ぜひご一読ください。

自由民権運動の壮士たち 第4回 前島密と室考次郎(新潟県) 後編