故郷新潟の自由民権運動に新風を吹き込んだ「郵便の父」前島密


日本の郵便制度の創設者として知られる前島密は、現在の新潟県上越市で農家の息子として生まれました。医者になるために12才で江戸に出て蘭学を勉強しますが、18才の時に黒船が来航し、彼は人生の方針を大きく転換します。海軍学と英語、そして航海術を学び、藩や藩校でそれらを教えるようになりました。

幕臣の前島家の養子に入り武士となった前島は、その後、幕府が創設した西洋学問の教育研究機関で翻訳係や教授として働き、明治維新後は静岡県で産業振興にも取り組みました。

ちょうどその頃、明治新政府は京都から大阪への遷都を思案していました。前島は現実の分析に基づいた具体的な考えでもって、大阪ではなく江戸への遷都を勧める建言書を、新政府のリーダーである大久保利通に届けます。この建言もあり、東京に移った明治新政府で前島は働くことになりました。

前島は日本で最初の鉄道建設や日本の郵便制度の設立に尽力し、大きく貢献します。そんな中、明治政府内で自由民権運動に関連した深刻な対立が生じます。対立が激化し政府を去る者もおり、前島も政府を離れて政治活動を行うようになります。

大隈重信らと共に政党を結成した前島は、その後、故郷新潟の自由民権運動に大きな影響を与えていきます。

自由民権現代研究会で詳しく取り上げましたので、ぜひご一読ください。

自由民権運動の壮士たち 第4回 前島密と室孝次郎(新潟県) 前編